ウィンブルドン現象

 
昨日イギリス、ロンドン郊外で行われたテニスのウインブルドン選手権で、アンディ・マリー選手(英)が優勝しました。マリー選手はイギリス人選手としては1936年のフレッド・ペリー選手以来の優勝ということで、地元イギリスでは大いに盛り上がっていることと思います。

ところでこのウインブルドン選手権で長年地元イギリス選手が優勝できなかったことから「ウインブルドン現象」という言葉ができました。

ウインブルドン選手権は1877年に始まって以来、しばらくはイギリス選手の優勝が続きました。しかし1900年年代にはいってから英連邦のオーストラリア選手が優勝することが増え、その後1920年に初めてアメリカ選手が優勝してからはいろいろな国の選手が優勝するようになりました。そんな中でイギリス選手は、1934年から1936年までフレッド・ペリー選手が3連勝したあと、昨日マリー選手が優勝するまで77年もの間優勝することができませんでした。

ウインブルドン選手権は、他のテニスの4大大会(全豪、全仏、全米)とともにもともとはアマチュア選手の大会で、プロが出場できるようになった(オープン化)のは1968年からです。大会の規模は年々拡大し、特にオープン化以降は商業的にも大きな成功を収めました。しかしイベント自体は大きく成功を収めていく中で、地元の選手が国際的な競争にさらされた結果活躍できない状況が生まれました。

1980年代、イギリスのサッチャー政権によって「ビッグバン」と呼ばれる大規模な金融市場の規制緩和が行われました。規制緩和によって、世界中の有力な金融機関がロンドンで活発に取引をするようになって、「シティ」と呼ばれるロンドンの金融街は世界の金融の中心地として発展しました。しかしながらその過程で、国際的な競争に敗れた地元英国の金融機関は、そのほとんどがドイツ、アメリカなど外資の金融機関に買収されてしまいました。

この状況はまさにテニス界におけるウインブルドン選手権の状況と同じだったことから「ウインブルドン現象」と呼ばれたのです。