悲観派の最後の牙城、米ドル安は最終局面間近か

悲観派の最後の牙城、米ドル安は最終局面間近か
~短期のさらなる米ドル売り攻めはありうるが、早晩米ドル高へ反転へ~


 前回の7月14 日付当メモ「最終局面に近そうな、円買いローテーション」(2011-029)では、「ユーロ安(円高)⇒全面的な円高⇒米ドル安(円高)との、厳しいローテーション(ヘビーローテーション)による円高相場となってきたが、そろそろ最終局面(MAXハイテンション)に近い(円高材料の次々の取り上げも、尽きかけてきている)ものと見込まれる」と指摘した。その後の展開は、米財政赤字削減交渉のもたつきから、最後の「ハイテンション」が予想以上に長引いて(また、緩やかに米ドルが下押して77.60 円前後(日本時間7/27 の18:00 頃)に達して)おり、加えて目先はさらなる米ドルの売り攻めにつけこまれる隙も多いものの、短期・中期的には米ドルもユーロ・豪ドルと並んで、対円で反転上昇に向かう(※1)ものと、引き続き予想している。現在の米ドル相場を含めた世界市場情勢については、様々な材料や観測が入り乱れているので、以下、整理して論じてみたい。


1.現状は米ドルだけが「不安の袋詰め放題」から抜け出せていない


 まず、世界市場の現状判断についてだが、市場は、一時は米国の財政問題だけではなく、米景気の腰折れ懸念、欧州周縁国の財政不安、新興国の利上げとそれによる景気失速懸念など、世界中の至るところの不安を袋に詰め切れるだけ詰め込んだ。こうした不安の詰め放題は、主として6月を中心に生じた。このため、世界の主要株価指数の動向を見ると、こぞって6月に安値をつけたものが多い(ブラジルだけは、7月に入って6月安値を下回った)が、現時点では概ね回復を見せている(次ページの表)。


 株価回復の背景には、行き過ぎた米景気懸念が、最近の企業業績の好調さにより薄らいだことや、新興国景気の軽い減速が、各国の引き締め政策がほどよく効いている(したがって「引き締めが効かずに景気過熱→後追いで引き締め過ぎる→最終的に薬が効き過ぎて景気失速」とはならない)との見方に転じたこと、そしてギリシャ(および他の欧州周縁国)財政に対する支援策が打ち出されたこと、などがある。すなわち世界の株式市場は、こうした不安の緩和を素直に反映して反転上昇を始めているわけだ。



 このように世界の株式市場は、「素直に」6月から7月にかけて持ち直しに入ったものの、為替市場においては、「海外が不安だから消去法的に円買い」という動きが7月も持続した。しかしその為替市場においてさえ、主としてギリシャ財政支援策や新興国の景気失速懸念の剥落(新興国の景気が悪くならない→新興国の資源需要が堅調→資源価格が上昇→資源国通貨の上昇)といった要因により、ユーロや豪ドルなどの非米ドル通貨は、やはり「素直に」対円で底入れ反転に向かい始めた(米ドル、ユーロ、円の関係については、次ページの図)。


 残るは米ドルばかりなり、である。世界のあちこちで不安が噴出し、株価も為替も総じて混乱する、という展開の中で、米ドルもその渦に巻き込まれ続ける、ということは、一般的にあるだろう。しかし述べてきたように、世界の株価も米ドルを除く為替相場(対円)についても、世界経済実態の(緩やかで時折一休みを交えながらではあるが)改善基調を反映して、市場が好転しているなかで、一人米ドルだけが落ち続ける、といった状況が長く続くとは、予想しがたい。




(※1)弱気を外しながら、米ドル相場がふいに振りかえって、波乱相場の後で微笑むのではないか、と見込んでいる。


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2.焦点は米連邦債務上限の引き上げ問題で、ごたごたはし続けようが、出口へ向かおう


 とはいうものの、当面の米ドル相場は、米国の連邦債務上限の引き上げ問題に振り回されるだろう。8月2日と言われている連邦財政の資金繰りの限界を前に、上限引き上げは政治的交渉のネタとされており、共和党の主張は足元かえって強硬化している感がある。それどころか、ベイナー下院議長(共和党)は、債務上限を二段階で引き上げる案を策定し、本日(27 日)に下院で採決にかける予定だったが、なんと自身の共和党内で反発の声が出て、採決が延期されたと報じられている。共和党が自らをまとめ切れていない状況が露呈したと言え、米ドルをさらに押し下げる要因として働いているとみられる。


 筆者が毎日ワシントン政治筋から収拾する情報の内容も、日々(時として刻々)変化しており、状況は極めて流動的で、まさに政治的である。そもそも上限引き上げを横においても、大統領、民主党指導部、共和党指導部のそれぞれが、余りリーダーシップが取れているとは言い難い状況に陥っていること自体が、米ドルの悪材料として作用していると考えられるだろう。


 しかし、既に市場が予想しているように、米国債のデフォルトといった事態には陥るまい。世界の多くの投資家(各国の外貨準備を含む)が米国債を大量に保有している現状、米国債のデフォルトが米国の経済・金融市場のみならず世界に及ぼす大きな悪影響を踏まえれば、以下に政治家といえども、デフォルトの引き金を引くような事態は避けると考えられる。また、万一デフォルトにより世界に混乱が生じ、その責任が米国民から厳しく問われて、来年の大統領・議会選挙で負けるような展開は、民主・共和両党とも、絶対に避けたいところだろう。


 加えて、連邦債務の上限は、何か米国経済や市場動向のために、引き上げたくても引き上げることが不可能である、といった状況では全くない。議会が単に上げると裁決すれば、それで片付く問題である。これだけ揉めているのは、上限引き上げが、財政赤字削減に関する米議会内の交渉の「人質」になっているだけに過ぎない。ということは逆に、政治的な妥協が一夜にしてなされ、あっという間に上限引き上げが可決されるという展開も否定はできないだろう。


 なお、債務上限引き上げがもたついている間に、格付け会社が米国債を格下げする展開はありうる。これで世界が終わりになるかのような論調も散見されるが、市場参加者の格下げに対する反応は、おそらく「だから何??」であろう。そもそも、巨額の財政赤字を抱える米国の国債が、最上級の格付けである、ということ自体、しばしば甘過ぎると批判の対象であった(※2)。格下げを受けた、機械的な米国債の売り物は若干あるかもしれないが、大半の投資家は、格付けが最上級から1ノッチだけ下がったところで、特に大きな投資方針の変更は行なわないであろう。


 なお、非常に長期的(10 年単位)には、米ドルが基軸通貨の座から徐々に降りていき、多軸の通貨が米ドルの基軸性を受ける、という流れが予想される。それを置いても、投資家(外貨準備を含む)の間で、米ドル主体の投資から、徐々に通貨分散を図る、という傾向も続くだろう。歴史的に後世から振り返ってみれば、今回米国債の格下げがあったことが、その米ドル退潮の起点であった、と評価されることはありうるだろう。筆者もそうした長期的な米ドルの下落基調といった考えには同調するが、これは非常に長い流れの話である。長期的な米ドル安が想定されるからといって、今年来年の為替市場で米ドル安が進む、といった展開になるとは考えてはいない。



(※2)山崎元氏(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員)が、ダイヤモンド・オンラインの「山崎元のマルチスコープ」(7/27 付「米国債デフォルトで何が変わるか?」)において、格付け会社については、「「格付け会社」ではなく「後付け会社」とでも呼びたくなるような体たらく」である、と述べている。


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3.残念ながら、短期的には、投機の米ドル売りにつけこまれる隙は多い


 以上のように、米債務上限問題の行方を神経質に眺めながらも、近日中に上限引き上げが行なわれることを受けて、米ドルも世界市場全般の好転の流れに乗って、対円で反転上昇に向かうものと考えている。しかしそれまでの短期間は、残念ながら、米ドル売りの投機筋につけこまれる隙は多過ぎる。このため(中長期的に大幅な米ドル安が進むとは考えていないが)短期的な米ドル下振れの可能性は否定できない。


 隙の第一は、前述したように、余りにも足元の米国の政治情勢がごたごたし過ぎていることである。第二は、本邦輸出企業等が、じりじりとした米ドル安・円高が長引いていることに業を煮やして、米ドル売りの目標水準を切り下げて米ドル売りを始め、需給的に米ドル安に持ち込みやすくなっていることである。第三は、8月1日から、外為証拠金取引(FX取引)の証拠金倍率が引き下げられ、個人が証拠金に比して外貨を買い向かう際の金額が制限されることが、(実際の米ドル買いの縮小というより)米ドル安の材料としておもちゃにされる可能性があることだ。ただ、海外投機筋は、日本投資家いじめを最近テーマにしているようなので、本邦輸出企業とFX取引の個人投資家が米ドルを安値で投げ売りしてから、米ドルを担ぎあげるつもりかもしれない。


4.介入の可能性は引き続き低い


 一部では、米ドル買い・円売り介入に対する期待(あるいは警戒感)が強いようだ。時折大玉の米ドル買い・円売り注文が場に出ると、「介入か!!」と相場が振れることがしばしば生じている。


 ただし、介入の可能性は否定はできないが、かなり低いと言わざるを得ない。その理由は、下記の通り。
① 大震災直後の3月の協調介入時は、日本の国難であることは誰も否定できず、欧米諸国の了承も取り付けやすかった。また、日本経済が大きな打撃を受けると予想され、円安要因であると考えられるところ、逆に円高になっていたため、ファンダメンタルズに反した円高である、との理屈が通りやすかった。現在は、日本は未だに大震災の影響を引きずってはいるものの、生産活動などは震災直後からは持ち直している。
② 3月の介入時は、短時間に数円相場が動くなど、まさに急激な変動と呼べる相場の動きがあった。今回の米ドル安は、どちらかと言えばじわじわ進んでいる。
③ 全面的な円高(ほぼどの通貨に対しても円高)であれば、日本側からの介入の大義名分が立ちやすい。足元は米ドルの独歩安の様相が強いため、米国政府が米ドルの買い介入を行なうのであればともかく、日本側から単独介入には入りにくい相場付きである。


 以上より、介入期待感(警戒感)を強く持つには当たらない、と言えよう(逆にこうした事態なので、即時に為替介入が入れば、かえってサプライズではある)。


5.結論は、短期の米ドル売り仕掛けを除けば、中長期的には米ドルは反転上昇へ


 以上を総合すれば、米国で連邦債務上限の引き上げが行なわれるまでは、様々な隙につけ込み、日本の投資家の骨をしゃぶるような、投機的な米ドル売り仕掛けが入る可能性がある。しかし、それは投機的な動きに過ぎないので、米ドル安基調が持続するとは見込みにくい。投機のドル売りがなければ、米ドル相場は目先底練りをするにとどまろうし、かえってその先は、連邦債務上限の引き上げを受けて、米ドルは対円で底入れ反転を見せ、世界市場全般の明るい動きに追い付いてくるだろう。


 余計な心配かもしれないが、市場は上に行き過ぎれば下にも行き過ぎるものだ。新興国景気に対する行き過ぎた不安が和らぎ国際商品市況が持ち直すことで、豪ドル売りの目がつぶされた。ギリシャ等への支援策がまとまって、ユーロ売りの目もふさがれた。これに加えて、米債務上限引き上げにより、最後に残った米ドル売りが行き場をなくせば、売りのエネルギーが、日本円に一点集中的にかかる展開も否定できない。


 現在、「円安の何が悪いのだ」という雰囲気が強い。円安は、輸出増を通じて国内景気回復に寄与し、輸出株を押し上げ、外貨投資の採算を改善する。輸出企業も投資家も大喜びであろう。円安基調に転じれば、当初は日本国内は歓迎ムード一色となるだろう。しかし、国際商品市況の上昇と円安が手に手を取ってやってくれば、日本は輸入インフレに見舞われる。内需が強いことによるデマンドプルインフレであれば、デフレ色からの脱却という点で望ましいかもしれないが、需要が弱いままのコストプッシュインフレとなると、企業や家計の購買力をそぐだけになりかねない(日本から資源国への所得移転という側面も強まる)。現在、円高基調が根強い中で、円安になった時の心配をするのは、夢想家のように聞こえるかもしれない。


 しかし、国際商品市況の上昇と円安が手に手を取ってやってくれば、日本は輸入インフレに見舞われる。内需が強いことによるデマンドプルインフレであれば、デフレ色からの脱却という点で望ましいかもしれないが、需要が弱いままのコストプッシュインフレとなると、企業や家計の購買力をそぐだけになりかねない(日本から資源国への所得移転という側面も強まる)。


 現在、円高基調が根強い中で、円安になった時の心配をするのは、夢想家のように聞こえるかもしれない。しかし、政府も企業も家計も投資家も、円安に大きく振れた際の心構えが余りにもできていないだけに、今から円安のデメリットを議論し、備えておいた方がよいようにも感じるのである。