ミクシィ その後 - 『輪』と流動性リスク

今年の漢字
益嶋 「(ぽつりと) 『輪』でしたね、『今年の漢字』」

「…」

益嶋 「『倍』は3位ですか…。まあ、惜しかったですね」

「…」

益嶋 「考えてみれば、世の中的には、やっぱりオリンピックですよね。『お・も・ て・な・し』は漢字じゃなくても、『輪』でいいんだから」

「…」

益嶋 「猪瀬都知事が連日テレビに映ってますけど、ある意味、それもオリンピックを 思い出させるのに一役買ったということでしょうね。皮肉にも」

「…」

益嶋 「冷静に考えるとオリンピックだよなあ。それを自信満々に『倍で決まりだろ う』なんて言っちゃって。ぷぷぷっ(笑)」

「やかましい!このハゲ野郎!」

益嶋 「ひ、ひどい、ハゲ野郎だなんて(TT)。僕は坊主刈りにしているだけでハゲじ ゃないんだから、よしてくださいよ!そんなこと書いたらレポート読者に、益嶋君はハゲなんだって思われちゃうじゃないですか~」

「(吐き捨てるように) おまえの髪型なんてどうだっていいんだよ。言ってお くけどな、俺の本業は『今年の漢字』予想じゃないんだぞ!」

益嶋 「へえー、だったら本業の株価予想のほうは当たるんですか?」

「な、なんだとっ!?」

益嶋 「ミクシィの株価はこの先、どうなるんですかね?」

「…」

益嶋 「教えてくださいよ、チーフ・ストラテジストさん。どうなるんだか。さあ、さ あ、さあ」

「わかるわけないだろっ!株価がこの先、どうなるかなんて!」

ドタ勘勝負をしない理由
2011年6月10日に書いた「ストラテジストの予想は当たらない」というレポートは、当時相当な反響を呼んだ。「投資のプロが自分で『当たらない』とは何事か!」「職務怠慢、無責任である!」「おまえの予想など二度と信用しないからな!」「もうレポートを書くのは止めろ!」「マネックスのストラテジストを辞任せよ!」非難轟轟だった。

僕がそのレポートで伝えたかったことは、概ね以下の通りである。
・ 相場の予想は当たったり、外れたり。
・ なぜなら相場は理屈ではないから。
・ 理屈で説明できるのは、ざっくり言って2割。残りの8割は理屈を超えたところで決まる。
・ それでも、やっぱり理屈が大事。「理屈」、すなわち「理論」であり、相場は理論的に考えることが大切である。

そのことの説明を、コップの水を使って説明した。(前回のレポートで松本大がコップと水を使って「値段と本源的価値」の説明をすることを書いたけど、マネックスの人間はよっぽど「コップと水」が好きなんだと思われるかもしれない。)

<コップの中に水が入っている。コップの容量に対して2割程度。残りの8割は何もない。空(カラ)である。水は目に見えるし、触れることもできる。その温度も分かるし、味を見ることも可能である。一方、空(カラ)の部分は - 何もないのだから - 捉えようがない。捉えようがないもの、それを相場の世界における「理屈ではないもの」と思っていただきたい。「捉えようがないもの」を認識するには「捉えられるもの」を認識する必要がある。コップの8割に水が入っていないことを認識するには、コップの2割に水が入っていることを認識することだ。存在しない8割を捉えるためには、実在する2割をしっかりと見るしかない。仏教の言葉で言う「空即是色、色即是空」である。

相場は運や偶然に左右されるところが大きい。理屈(理論)で説明ができるのはせいぜい2割がいいところである。運や偶然は人の力ではどうにもすることができない。だからこそ、人の力で突き詰められる理論が大切なのである。

どうせ理論で説明できるところが少ないならと割り切って深く考えず適当に相場を張っていくのと、少しでも相場を捉えられる余地があるならばその可能性をとことん突き詰めて投資を行うのと、結果はたいして差がないのかもしれない。しかし「お前はどちらの態度で相場に臨むか?」と問われたら、躊躇わずに後者を選ぶ>

そして、その理由として、ゴールドンマン・サックスの天才トレーダーだったロバート・ルービン元米国財務長官の言葉を引用した。ペンシルバニア大学の卒業式の祝辞で示した有名な「4原則」だ。

1. 唯一確かなのは、確実なものはないということである。
2. 意思決定においては確率についてよく考えるべきである。
3. 不確実性があるにもかかわらず、われわれは行動しなければならない。
4. 意思決定を評価するには、結果だけでなく、その過程も考慮すべきである。

ルービン氏は言う。「ときとして間違った判断が成功に結び付くことがあれば、きわめて正しい判断が失敗に終わることもある。しかし、長い目で見れば、より深く考え抜いたうえでの意思決定は、全体としては望ましい結果につながり、結果そのものよりも、いかに検討を加えて意思決定が行われたかが評価されることになる」と。

要は確率の問題なのだ。理論などおかまいなしに、ドタ勘勝負を続けていても儲かることもあるだろう。理詰めで考えてもさっぱり儲からないこともある。但し、長い目で見ればどうか。理論やデータに基づく科学的なアプローチは、それを採用しなかった場合と比べて、長期的には望ましい結果をもたらすものなのである。

ドーナッツの輪
「空即是色、色即是空」と言ったが、簡単な説明を試みよう。どんな物にも色が着いているから目に見えるわけで、空気は色が着いていないので見えない。そこから逆に、目に見える物を「色」と呼び、見えないものを「空」と呼んだのである。しかし、この二つ - 見える物と見えないものは同じなのだ。なぜなら、見える物は見えないものでできているからである。それが、「空即是色、色即是空」、どちらも同じであるという意味だ。

見える物は見えないものでできているって?どういうこと?と思われるだろう。例えば、ドーナッツの穴。穴が空いているからドーナツ足り得るのであって、穴がなければただの菓子パンである。目に見えない穴が、目に見えるドーナッツをつくっている。

その反対に、穴はなにもないから穴である。空である。その空っぽの穴をつくっているのは、目に見えるドーナッツだ。目に見える部分があるから、空っぽの穴が存在する。これが「見える物は見えないものでできていて、その逆も真なり」という意味である。

さて、「今年の漢字」は「輪」に決まった。マーケットの反応を見てみよう。昨日の日本株式市場は日経平均が173円安と3日続落。冴えない相場だった。そのなかで不動産、紙パ、ゴム、通信の4業種のみが上昇した(東証33業種分類)。建設は業種別株価指数としては下落したものの西松建設や奥村組など土木に強い建設会社や前田道路が堅調だった。東京建物や三井不動産などが買われた材料は都心の空室率低下というニュースだったが、これらの銘柄が動意付いた背景には、「今年の漢字」→「輪」→東京オリンピック→東京の不動産価値上昇、という連想も一部にあったのだろうと思われる。

また昨日はNTTが東証1部売買代金3位に入る商いを集めて3%超の値上がり。KDDIやドコモも堅調だった。「通信」もひとの「輪」をつなぐには欠かせないものである。

ゴム・セクターも上昇したが、これは同セクターで時価総額が最大のブリヂストンの上昇に引っ張られたところが大きい。(時価総額加重でない日経平均業種別株価指数の「ゴム」は下落した。)ブリヂストンと言えばタイヤメーカー、すなわち車輪だ。

ゴム・セクターでは、もう一つ買われた銘柄がある。オカモトだ。これも、ある意味で「輪」関連銘柄。確かにオカモトが作る製品には輪が付いている。大昔のことになるが、オカモトの製品については忘れられない怖い思い出がある。その女性は僕にこう言った。「針で穴、開けといたから」。今、思い出してもぞっとする。

高尚な「色即是空」の話から、オカモト製品まで、「輪」と「穴」に関する話の展開が妙な方向に行ってしまったので、ちょっとここで軌道修正、話をもとに戻そう。どこに戻すか?ミクシィである。
ビル火災から逃げるには
ミクシィの株価は10日連続ストップ高の後、一転してストップ安売り気配が続いている(13日午前10時現在。但し、今日は9時45分に5060円のストップ安で一回寄っている)。ITバブルを経験された方のなかには、当時、光通信が演じた連続ストップ安を思い出された方もいるだろう。

オリンピック(五輪)で「輪」、ならば触れておきたいのが「五輪の書」。宮本武蔵が著した兵法書である。そのなかに「渡をこす」という一節がある。海を渡るには“瀬戸”を越えたかどうかという一線があり、四十里五十里の道にも渡を越せたかどうかということが重要と述べられている。まさに「瀬戸際」の重要性を説いたものなのだが、「渡をこす」とはすなわち「度を越す」であり、その意味でミクシィの株価は「度を越して」しまったのであろう。

このミクシィの急落について、こういうプロのアドバイスを見かけた。
「いくらスマホ向けゲームの『モンスター・ストライク』が人気とは言え、たかだか30万ダウンロードに過ぎない。成功しているガンホーの『パズドラ』は2000万ダウンロードですから、お話にならないわけです。ミクシィ株を買い上がっていた人もそんなことは百も承知だったでしょう。ある意味、値動きだけに賭けていたわけですから、土転、下げに転じたら諦めてロスカットするべきでしょう」

このアドバイス、正しいようで肝心なところをわかっていない。ロスカットしたくても、売らせてもらえない。投げたくても、投げられないのである。

昨日のミクシィは2日連続でストップ安となった。終日売り気配のまま6060円で比例配分となり出来高はわずかに1万7300株。200万株以上の売り注文を残したのだ。投資家心理が恐怖に駆られると、市場の流動性が一瞬のうちに枯渇する。売りたくても売れないのである。そのことを僕らはリーマンショックで学んだはずである。

2年前、2011年の秋に「金融危機からの教訓」という一連のシリーズ・レポートを著した。リーマンショックから3年を機に金融危機を振り返り、そこで資産運用業界が得た教訓にフォーカスを当てたものだ。相関の非定常性・非対象性をテーマに扱った、そのレポートのPART 3でリスク・マネジメントの専門家であるセバスチャン・ペイジ氏が講演で語った逸話を紹介している。

「ビル火災に遭ったとすると、誰もがビルから出ようと突進するだろう。しかし、金融市場ではビルから逃げ出すためには、そこに残ってくれる代わりの人間を見つけなければならない」

いかなる証券もそれを買ってくれる相手がいなければ逃げられない。僕らはこの流動性リスクの重要性をリーマン危機で学んだはずではなかったか。

ミクシィは今日、一旦ザラ場で取引が成立した。空売りの買戻しはないから、新規の買い手がついたということだ。早晩、下げ止まるだろう。ミクシィは個人の信用取引で空売りはできない。大手のヘッジファンドに確認したところ、ヘッジファンドでもミクシィの貸し株は調達できないという。今の売り玉はすべて買い持ちの投げだから、それが出尽くすのはそう時間もかからないだろう。下げ止まった後は、リバウンドが期待できるかもしれない。但し、空高く放ったボールが床に落ちて弾むのと同じで、その反復の幅は徐々に小さくなっていくだろう。

超高層ビル火災を描いた名作映画「タワーリング・インフェルノ」。ラスト・シーンでビルの設計士役を演じたポール・ニューマンがつぶやく。「このビルはこのままの姿で残しておくほうがいいかもしれないな。人間の愚かさの象徴として」

僕らも昨日のミクシィの板を、ここに残しておこう。逃げ遅れた200万株以上の売り注文を記憶に留めておこう。流動性リスクというものを、決して忘れないために。