真夏のお化けにおびえる米国株式市場

真夏のお化けにおびえる米国株式市場
~米経済・企業収益実態と比べて行き過ぎた不安心理~


 昨日(8/4)の米国株式市場は、暴落商状となった。ニューヨークダウ工業株指数は終値が11383.68 ドルと、前日比512.76 ドル(4.31%)もの下落で、このところの10 営業日間で(8/3 を除く)9日において前日比下落したこととなる。また、今年初(1/3)の終値が11670.75 ドルであったため、昨日一気にこれを下回り、今年に入っての上昇分を全て失った形だ。加えて、終値ベースの今年高値が12810.54 ドル(4/29)で、ここからの下落率が10%を超えた(11.1%)。これは定義上、弱気相場入りしたことになる(「弱気相場入りした」という用語については、誤解を招くことが多いので、脚注を参照されたい)(※1)。


 この米国株の大幅下落に表れているような、市場心理の悪化や投資家のリスク回避的な行動は、他の市場にも見出せる。欧州株も、主要な株価指数が軒並み前日比で3~4%の下落(イタリアは5%超の下落)を見せており、中南米市場でもブラジルボベスパ指数が前日比で5.7%もの暴落となっている。


 後述するように、米国株下落の背景には、米景気悪化懸念が囁かれていたため、景気悪化による国際商品への需要後退が不安視され、たとえばWTI原油先物価格は1バレル当たり86.43 ドル(前日比5.48 ドル安)と、今年2月18 日(86.20 ドル)以来の90ドル割れとなった。国際商品価格下落は資源国に対する悲観をも引き起こし、前述のようなブラジル株の暴落を招いたほか、豪ドルを押し下げる方向で働き、豪ドルの対円相場は、昨日の日本政府による介入分(円安分)をほぼすべて打ち消して、いわゆる「行って来い」の展開となっている(豪ドルの対米ドル相場は1.078 米ドル近辺から1.047 米ドル近辺へと、大幅下落)。


 一方、逃避的な資金が米国国債に流れ込み、米10 年国債利回りは2.406%と、2010年10 月11 日(※2)以来の低水準となっている。米2年国債利回りは0.266%で引け、これは筆者の手元にデータがある1977 年以来で最低水準だ。


 資金の逃避先として、このところの代表格は金であったが、昨日(8/4)のニューヨーク金先物価格は、1オンス当たり1650.50 ドルと、前日比12.90 ドル下落している。これは奇妙な感じだが、この背景としては、次のような要因が挙げられる。1)金先物が上場されているNYMEX(ニューヨークマーカンタイル取引所)が、先物証拠金の引き上げを行なう、との噂が流れた(NYMEXは否定)。2)このところの金価格の上昇が急激であったため、さすがに高値警戒感が台頭した。3)米株価下落の背景として、景気悪化懸念が唱えられていたため、景気が悪化してデフレ気味になるのであれば、金も含めての商品価格が下落する、との観測も表れた。


 こうした諸市場の大きな波乱が昨日起こった背景としては、ここ数日米国景気に対する疑念が膨れ上がっていたことに加え、欧州発の材料もあった。この日開かれたECB(欧州中央銀行)理事会後の記者会見で、トリシェ総裁は、欧州諸国の国債買い入れを18 週間ぶりに再開したと発表した(ECBは公表しなかったが、市場では、アイルランド国債とポルトガル国債を購入したとの観測がある)。これは、最近でもイタリアやスペインの国債に対し執拗な売りが出ていることに対する対抗措置であるが、かえって欧州財政不安の大きさを思い起こさせる結果となった。またトリシェ総裁は、先行き不透明感が「特段に高い」とも語ったため、より一層市場の不安が拡大することとなった。


 さて、こうした市場の動揺をどう考えるか、ということであるが、景気等の実態の悪化を反映したものであるというより、心理的な不安が行き過ぎた部分が大きいと考える。米国の景気動向に対する懸念を取り上げても、たとえば今週既に発表された経済指標を見ると、市場の予想を下回ったものとしては、7月のISM製造業指数(8/1 発表、予想の54.5 に対し50.9)、6月の個人支出(8/2 発表、予想の前月比0.1%増に対し0.2%減)、ISM非製造業指数(8/3 発表、予想の53.5 に対し52.7)などが確かにあった。しかし一方で、堅調な指標も多く、7月の自動車販売台数(8/3 発表、予想の年率1180 万台に対し1220 万台)、7月のADP雇用統計(8/3 発表、予想の前月比10.0 万人増に対し11.4 万人増)、7/30 に終わる週の新規失業保険申請者件数(予想の40.5 万件に対し40.0 万件)などもある。特に昨日の株式市場では、新規失業保険申請者件数が予想を少ししか下回らなかったという点が悪材料とされるなど、市場が明るい要素を全て捨てて、暗い材料ばかりを取り上げている様子が非常に強いと言える。



(※1)米国においては、高値から10%以上の下落をすると、高値からその日までの「過去の」下落について、「弱気相場入りした」というレッテルを貼る。弱気相場入りした日以降の株価動向を示唆しているわけではない。翌日から株価が上昇に転じるかもしれず、そうした「未来の」株価動向について、「弱気相場入りした」という言葉は何も意味していない。「弱気相場入りした」という言葉自体が、今後も下落相場が続くことを意味しているように聞こえるため、誤解している投資家が多い。
(※2)2.394%、当時はQE2(量的緩和第二弾)期待で、先行して大幅に長期金利が低下していた。


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 企業収益についても、4~6月期の米企業の決算発表が先月一巡したところであるが、集計可能な全企業の最終利益は、前年比で20.9%も増加している(ブルームバーグ調べ)。また、アナリスト予想平均値との比較が可能な2004 社において、1300 社(全体の65%)が予想を上回る最終利益をあげており、足元の企業収益に悪化の兆候は見られない。


 株価評価の尺度の代表である予想PER(株価収益率、株価÷一株当たり利益、予想利益はブルームバーグの集計によるアナリストの平均値)をみると(図1)、S&P500指数のPERは、2008 年9月のリーマンショックを受けての株価下落局面以来の低水準となっている。当時「百年に一度」の危機と喧伝された状況に、現在並ぶようなPER水準というのは、余りにも株価が売られ過ぎであると言えるだろう。


S&P500指数のPER


 債券市場においては、米10 年国債利回りと30 年国債利回りの差をみてみると(図2)、30 年国債利回りの方が10 年国債を大きく上回る状況が維持されている。通常、景気先行き懸念が正しければ、金利の先安観が台頭し、30 年国債利回りの低下が相対的に大きくなるはずである。実際、リーマンショック直後は、両者の利回りが接近する事態が生じた。現状はリーマンショック直後のようになっておらず、債券市場は景気がそれほど悪化していないことを示唆していると考えられる(※3)。


米国債利回り格差(30年-10年)の推移


 以上を踏まえると、現在の米国発の株価波乱やリスク回避的な資金の動きは、実体景気や企業収益の悪化を正しく反映しているというより、心理的な不安(いわば真夏のお化け)に振り回されている感が強い。米国景気が極めて強いわけではなく、回復の度合いが弱いため、今後も経済指標は強弱まだら模様で、市場の景況感を一気に改善させるには至るまい。このため市場の好転には時間がかかり、短期的にはまだ波乱が残るだろうが、徐々に市場動向は景気回復を評価する方向へと向かっていくだろう。



(※3)ただし、諸市場の波乱が大きくなったため、投資家が価格変動リスクが大きい30 年国債を避けて、10 年国債に資金を振り向けている、という要因もあるだろう。