一貫性の哀しみ

はじめに
海外投資家が目先の値上がり期待ではなく、日本企業を保有にきている。一方で、日本人は株式を売って、現金を得た。日本政府がインフレ政策を採っていることを鑑みると、私などは言葉を失ってしまう。長年にわたって、株式投資を勧めている身とすれば、力のなさを痛感するばかりだ。同じ事を言い続けるしかないかと思う。
損切り
私は同じ事しか言わない。私のどの著書やセミナーでも、価格変動の本質を述べ、そこから導き出される相場観や、最も効率的な運用手法を解説している。最初の著書から20数年間、同じ事しか言わないのにネタが尽きないのは、世の中が変わり、相場環境の方が変わるためだ。

しかし、お気付きの人もいるかとは思うが、実は「変節」と思われかねないほど、変えたところがある。私が常に口をすっぱくして言い続けてきた「損切り」の部分だ。現実に、私が今個人的に行っている株式運用では損切りを行っていない。

長期にわたって合わせて10数万部売れた「生き残りのディーリング・実践版」から、損切りの部分を生原稿で引用する。

(以下、引用)
86. 損切りの徹底

損切りが難しいなどと言っているうちは、まだ駆け出しです。

損は切るもの。アゲインストのポジションは、持ってはならないものなのです。アゲインストのポジションからは、まともなものは何一つ生み出せません。必要以上のエネルギーを浪費させ、相場観を狂わせ、機会利益を減少させ、ひいては取り返せないほどの損を抱える危険をはらんでいるのです。

評価損は、実現損よりも性質が悪いのです。実現損は過去の損ですが、評価損は生きています。これからどこまでも成長する可能性を秘めているのです。また、損を切れないことを正当化するための相場観が用意されます。そうでもしないと、自己矛盾に至るからです。

さらに評価損の悪いところは、せっかく大局的な相場観が当たっていても、絶好の売り場、買い場で身動きが取れなくなることです。評価損を抱えての売り買いの余力は知れていますし、なんぴん買い等でポジションがすでにパンパンになっていたなら、お手上げなのです。ただひたすら、元のレベルに戻ることを願うのみになってしまいます。

あえて機会利益について突き詰めると、買いで下がって、評価損を抱えたのです。どこかで損切って売りに転じていたなら、逆に利益が上がっていたはずです。逆転の発想です。具体的には倍返しをします。つまり、評価損を抱えた状態では、機会利益をただ手をこまねいて見ているだけなのです。

また、評価損で恐いのは、時に損の額が一個人の耐えうる限界を超えてしまうことです。限界点はだれにでもあると思っていてください。いわゆる器量です。

限界点を超えると、どうなるでしょうか。もう、まともな思考力は失われています。今後の身の振り方、家族の顔、上司の顔、相場には関係のないことばかりが頭の中を駆けめぐります。涙をこらえる気持ちです。一種の墜落感です。私たちはそうなる前に、何か手を打たなければならないのです。

損をこまめに切ることにより、いつも偏らない相場観、冷静な判断力を持ち続けることができ、ここぞという買い場や売り場で、いつも100パーセントの力を残したままでいることが可能になります。損切りを繰り返した断続した損が積み重なっても、持ち続けた連続した損に比べるとたかがしれているのです。

ディーリングルームなどで、損に耐えて苦しんでいる姿は、傍目には美しいかもしれません。重要な仕事をしているようにも見え、忍耐強く頼もしい人という印象すらあるものです。ところが、実際には大事な決断を先送りにしている思考停止状態にすぎません。

相場は売り買い一対で取引が成立します。考え方によっては、参加者の半数は常に間違えているのです。また、上げ下げの確率は5分と5分、買っても10回のうち5回は下落します。過ちを起こさない人間はいないのです。相場で損が出たり、儲けたりするのは当たり前のことなのです。相場を間違えるのは、恥でも何でもありません。

損はでるもの。そして、損は切るものです。

損切りとは、儲けるためのコストです。損切りを早く、こまめに行ってコストを下げる。切った損はそれ以上には膨らみません。

10回買えば、うち5回は上昇します。勝負はそこでするのです。
(引用ここまで)

私は今、日本株をNISA枠を除き9銘柄保有している。金曜日の日中まではうち2銘柄にだけ評価益があったが、引けの時点では全銘柄評価損となった。3.95%、0.13%、0.57%、2.57%、14.11%、1.48%、1.90%、5.48%、1.74%、それぞれマイナスとなっている。-14.11%の銘柄を含め、損切りの予定はない。
リスク管理
では、私がリスク管理を忘れ、冷静な判断力を失うような大博打を打っているかといえば、その逆だ。-14.11%の銘柄は一時、20%以上の評価損を抱えていたが、私は全く動揺しなかった。

動揺しない理由はいくつかある。

1、分散投資している。
2、実現益のクッションがあり、数銘柄破綻しても耐えられる。
3、破綻の可能性が極めて低い、超優良財務の銘柄を集めている。
4、業績も良く、割安感もある。
5、相場観が超強気。

加えて、どんなに良い銘柄でも、これといった理由もなく大きく売られることがあることを知っているので、大きな評価損もいわば織り込み済みなのだ。

損切りは、損の拡大を防ぐために行う。「損切りの徹底」は、プロのディーラーとして、為替や債券で大量のポジションを扱う時には、全く正しい。また、損切りの後で、すぐにでも再挑戦できる環境にいる場合には、正しい。しかし、相場に常に向き合っている環境にいない場合には、損が拡大してしまったところで損切りすることになる上に、再挑戦もおぼつかないのだ。

「損切りの徹底」で描かれている相場は、スリル満点の刺激的な相場だ。一方、今、私が行っている株式運用は、少額を更に分散投資するという極めてリラックスしたものだ。元プロのディーラーとしては多少退屈だが、日常生活の一部として、ストレスになるどころか、エネルギー源にすらなっている。

勝負に型は必要だが、型が制約になっては本末転倒だ。同書にはそのようなことも書いているので、「変節」したとは思わない。リスク管理が必要不可欠なのは、繰り返すまでもない。
一貫性の哀しみ
米株が、そして日本株が上がると言い続けて、何年になるだろう。同じ事を繰り返し言い続けるのは、能無し、芸無しのようで、むなしくなることもある。とはいえ、こんな事実もあるのだ。

2013年の日本株市場で、海外投資家の買越額が年間で15兆1196億円と、2012年の2兆8264億円を上回り、これまで最高だった2005年の10兆3219億円を大幅に更新した。欧州投資家が最も買い越した。

一方で日本の個人投資家は8兆7508億円の売り越しだった。個人の売り越しは2012年の1兆9112億円に続き2年連続で、売越額は2006年の4兆3812億円を大幅に上回り、過去最大となった。

2013年通年の生損保は1兆0744億円の売り越し。信託は3兆9661億円の売り越し、銀行は2825億円の売り越し、証券自己は5858億円の売り越し、その他金融は4683億円の売り越しだった。日本人での買い越しは投信が4267億円、事業法人が6296億円だけだった。

こうして並べると、売り買いが拮抗しているように見えるが、市場では売りと買いとが常に1対で出合となり、出来高となるので、当然といえば当然だ。それでも株価が1.5倍になったのは、買い手の海外投資家が目先の値上がり期待ではなく、日本企業を長期保有にきたからだ。

一方で、日本人は株式を売って、現金を得た。日本政府がインフレ政策を採っていることを鑑みると、私などは言葉を失ってしまう。長年にわたって、株式投資を勧めている身とすれば、力のなさを痛感するばかりだ。同じ事を言い続けるしかないかと思う。