鰻香QE?

鰻香QE?
~綱渡り的な連銀の政策は功を奏するか~


 日本で大正時代に、「鰻香内閣」と呼ばれた幻の内閣があった。1914 年(大正3年)3月に、当時の山本権兵衛内閣が総辞職した。倒閣に貢献した枢密院の顧問官清浦奎吾が、大正天皇から組閣の大命を受け、組閣に着手したものの、様々な反対にあい、結局組閣することができなかった(4月に大隈重信が首相に就任)。この幻の内閣を揶揄して、「鰻香内閣」(おいしそうな鰻の香りをかぐことはできたものの、実際に内閣を立ち上げる(鰻をいただく)ことはできなかった)と世間は呼んだとのことである。


 さて、時空を超えて現在の米国においては、米国経済の先行きに対する悲観論がもくもくと台頭し、連銀の景気刺激策を期待する声が広がっている。カンザスシティ地区連銀主催の年次経済会議が、ワイオミング州ジャクソンホールで開催されるが、8/26(金)にはバーナンキ議長の講演が予定されている。ちょうど昨年の同経済会議の講演で、議長がQE2(量的緩和第二弾)の実施を示唆した(2010 年8月27 日)ため、今回もQE3の実施が打ち出される、との期待を産んでいるようだ。


 しかしQE3の実施の可能性が、明確に打ち出されることはないだろうと予想している。というのは、既に今年6月に終了したQE2について、「国債買い取りにより市中に放出した現金が、銀行に退蔵しており、貸出が伸びず、景気刺激効果がなかったのではないか」と効果を疑問視する声が市場でも連銀内でもくすぶる一方で、「連銀が供給した現金が原油などの商品市場に投機的に流れ込み、原材料高によるインフレの危険を招いた」「米国発の余剰資金が新興国に流入して、新興国の景気過熱を引き起こしている」などの「いいがかり」も寄せられているからだ。QE3を打ち出したところで、景気刺激効果が不透明でありながら、いちゃもんばかりつけられそうだ、ということになれば、連銀もQE3に踏み切りにくいのは当然と言えよう。


 したがってジャクソンホールでの講演では、明確にQE3の実施を示唆することはあるまい。具体的に新規に打ち出す可能性があるものとしては、前回のFOMC(連邦公開市場委員会、8/9)で実施が囁かれながら現実には打ち出されなかった、QE2で取得し保有している債券ポートフォリオの年限長期化が挙げられる。すなわち、QE2で買い上げた債券については、償還期限が来て現金になってしまうものがあるが、その現金を再度債券に投資して、債券の残高をしばらく維持することが公表されている。この再投資の際に、より年限が長い国債に投資することにより、長めの金利を抑制する意思を強く示す、というものだ(保有債券のうち年限が短いものが減り、年限が長いものが増える、という形が、増えるものと減るものでねじれているため、こうした政策をツイスト (twist、ひねり)と呼ぶ)。


 ツイストを打ち出すことで、連銀が景気や市場の支えに一段と積極的である、という姿勢を示す狙いと見込まれる。では肝心のQE3は実施が否定されるのか、ということであるが、市場の期待を完全に裏切れば、再度市場に大波乱を引き起こしかねない。したがって、QE3の実施を事実上確約するようなことはすまいが、全否定もせず、選択肢の一つとして検討対象である、というような表現に落ち着くのではないだろうか。


 連銀はそうして、QE3の期待(鰻の香り)を市場に残しつつ、時間を稼いで、米国景気が自律的に立ち直ってくるのを待つ作戦と推察される。そうしてQE3を実施する(鰻を食べさせる)ことなく、危機を脱することを目論んでいるのではないだろうか。


 筆者は、米国景気はソフトパッチ(回復局面の中の一休み)に入っているとは考えているが、雇用の曲りなりの回復などを踏まえると、景気後退に向かっているとは予想していない。その一方で、S&P500指数のPERなどはリーマンショック直後並みである。緩やかながら自律的に回復に向かうと見込まれる景気と、悲観論にとらわれ過ぎている市場、が現状ではないだろうか。したがって、中長期的には、連銀の「鰻香作戦」は首尾よく終わる可能性があるだろう。


 とは言うものの、足元で不安にとらわれている市場が、いつまで鰻の香りだけで白いご飯を食べ続けてくれるか(※1)については、綱渡り的な面もある。これは米国に限った話ではないが、中央銀行が何でもできるわけではない。既に短期金利をゼロ近辺まで下げ切ってしまい、量的緩和という手も繰り出した後で、できることは極めて限られている。それでも、鰻香の後に鰻が出てこないことに気がついた市場が、鰻を出せ(大胆な政策を打て)と、ないものねだりで政策催促相場となってしまう可能性はある。短期的にはまだ引き続き相場の波乱を想定しておいた方がよいだろう。



(※1)アメリカのことなので、「いつまでステーキの香りだけで、何もつけていない食パンを食べ続けてくれるか」と言った方がよいかもしれない。