アルプスからの援軍?

アルプスからの援軍?
~ポジション巻き戻し後は、実態を見極める長期戦へ~


 世界市場は、日本時間9/6(火)夕前まで、重苦しい雰囲気に包まれていた。まず先週末(9/2、金)発表の8月分の米雇用統計において、非農業部門雇用者数の前月比での増加がなかったため、米国株が主要指数で前日比2%強の下落を見せた。これが週明けの日本を含めたアジア株の悪材料となった。


 その後は米国市場が月曜日休場のため、世界市場は様子見で終わるかと思われたところ、今度は欧州の銀行について資金繰りを懸念する声が広がり、独DAX株価指数は前日比で5%を超える暴落となった。こうした欧州発の動揺は、翌火曜日の日本及びアジア株式市場全般にも波及した。為替市場でも、ユーロの下落がじわじわと進み、一時108円割れ(安値107.84 円)となった。リスク回避的な動きから、時間外の金先物取引では、1オンス当たり1920.80 ドルの高値まで、金が買い進められた。


 ところが突然、日本時間9/6(火)午後5時過ぎに、SNB(スイス国立銀行)が、1ユーロ当たり1.20 スイスフランを下限として設定する、と発表した。SNBは、この下限レートを防衛するため、無制限に外貨を購入する準備がある、との声明を打ち出している。


 この「アルプスからの援軍」により、今週に入って1ユーロ当たり1.10~1.12 スイスフランで推移していた相場は、一気に1.20 スイスフラン超えへと、大幅なユーロ高・スイスフラン安となった(一時1.21911 スイスフランをつけた)。これが他通貨の対円相場にも波及し、スイスフラン以外の主要外貨は、対円で上昇(円安)気味に振れる展開となった。


 株式市場においては、欧州の主要株価指数や米S&P500指数先物が、一時上振れした。商品市場では、時間外取引での原油先物価格の持ち直しや金価格の下押し(高値1オンス1920.80 ドルから、1842 ドル近辺へ暴落したあと、日本時間9/6(火)午後6時頃は1900 ドル前後で推移)などの動きが生じている。


 SNBの行動が、スイスフラン相場以外に大きく影響しているのは、これまでの米国景気や欧州財政に対する不安が引き起こした、リスク回避的な投資行動(世界の株式売り、日米独の長期債買い、日本円・スイスフラン・金買い、原油売り)が、一気に巻き戻ったからである。

 すなわち、米国経済がこれで改善したわけでも、欧州の財政問題が解決に向かったわけでもない。しかし筆者は、最近の世界市場の波乱を、欧米の諸問題が本当に深刻であるという部分より、心理的な不安で(たとえば)世界の株価の売られ過ぎ商状が進み過ぎていた部分が大きい、と考えていた。それが先週金曜日から今週初にかけて、心理面からの不安が膨張して、売られ過ぎた株価が短期的にさらに売られ過ぎる恐れが強まっていた。こうしたリスク回避的な動きの加速化に、本日のSNBの行動が歯止めをかけた(また、ある程度は縮小させた)可能性があると考えている。


 するとリスク回避的なポジションの巻き戻しが一巡した後は、やはり世界市場は実態の見極めに入るものと考える。その見極めは、慎重な長期戦となるだろう。



 このあと実態見極めの長期戦について述べる前に、日本株の見通しについて修正を加えたい。9/1(木)付「花の一里塚」では、今年末までの日経平均の予想レンジ(メインシナリオ)を、9000~12000 円としていた。しかし9000 円を割れて下げが進み、9/6(火)の終値は8590.57 円と、8/22 の安値(二番底)8619.21 円をも割りこんでしまった。このため下値の目処としては、大震災直後の3/15 のザラ場安値8227.63 円となってしまい、このままではさらなる心理的な株価下落が進みかねない状況であった。


 しかし、本日(9/6)の世界的なポジションの巻き戻しにより、海外株価の持ち直しと円安が生じ、明日(9/7)以降の日本株価のさらなる下落に歯止めをかける可能性が高まったと判断する。これを踏まえて、「花の一里塚」の予想レンジを、8500~12000 円に修正する。


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 さて、世界の実態に関しては、一時市場が不安視したほど悪い状況ではない。しかし市場の不安が一気に解消されるような、あく抜けとなるイベントも見出しにくく、市場動向の行方は長期戦になるだろう。


 米国経済(とそれに対する米国株の売られ過ぎ)については前述の「花の一里塚」9月号をご参照いただきたい。ここ数日話題となっている欧州銀行の資金繰りについては、確かに銀行間金利であるLIBOR(ロンドン銀行間金利)と米国債利回りの差は上昇気味で推移しており(図)、銀行同士での信用不安のような動きが広がりつつあると言える。


LIBORと米国国債利回りの最近の格差(3か月物)


 しかし(図)に示された金利格差は、確かに最近上昇気味で推移してはいるものの、現状(0.3%超え)は、最初2010 年5月にギリシャ財政危機が取りざたされた後のピーク(2010/6/14、0.48%)を下回った水準である。ましてや、リーマンショック直後のピーク(2008/10/10、4.63%)には、はるかに及ばない。欧州の主要行自身も、着々と増資などで財務体質を改善しており、日々の資金繰りもECB(欧州中央銀行)や傘下の各国中央銀行が、注視し続けている。欧州大手行の資金繰り破綻が起こるような状況ではない。


 皮肉な見方をすれば、大手行の資金繰り破綻が起きないということは、大手行の破綻を材料として株価の大幅下落と大幅反騰が引き起こされて、一種のあく抜けをする、という展開も見込みにくいとも言える。大手行同士の合併が進むなど、業界再編によりあく抜けする、というシナリオも描けないではないが、今のところそうした再編の動きは大きくはない。何となしの金融機関の資金繰り不安が拡大もせず、雲散霧消もせずで、長い期間囁かれ続ける、という展開が想定される。


 今月は、先進国の金融政策に絡むイベントも多いが、手詰まり感が強い。日本では、9/6~9/7 の日銀の金融政策決定会合を受けて、9/7(水)に日銀総裁が会見を行なう。しかし既にゼロ金利政策を採り、ETFなどのリスク資産買い入れまで行なっている日銀にとって、政治家が要求する「大胆な金融緩和」とは一体何をすればよいのか、手詰まりであろう。政府の円売り介入にしても、たとえば75 円に向かって急速に円買いが進めば、「投機的な動きが行き過ぎている」として単独実弾介入が実施されるだろうが、米ドルの対円相場が落ち着いている限り、介入には踏み切りにくい。


 9/8(木)は、オバマ大統領が議会で演説し、雇用対策などについて述べる(日本時間では9/9(金)朝方となる予定)。景気拡大が雇用増につながるとして、国内インフラ投資支援策などが打ち出されると見込まれる。景気刺激策が打ち出されること自体は好材料だが、それだけで米国景気の先行き懸念が一気に解消されるとは考えにくい。


 9/20(火)~9/21(水)は、FOMC(連邦公開市場委員会)が開催される。8月のジャクソンホールの演説で、緩和策を9月に検討すると述べ、市場に期待を残したバーナンキ連銀議長であるが、FOMCでQE3(量的緩和第三弾)に踏み切ることは難しいだろう(これも詳細は、「花の一里塚」9月号をご覧いただきたい)。連銀の作戦はおそらく、QE3の実施期待を先延ばしし、時間稼ぎをしている間に、強めのマクロ経済指標が発表されることで、市場が「この景気の強さであればQE3は必要ないだろう」と思ってくれるだろう、というものであったかもしれない。ところが先週末発表された雇用統計が弱かったため、鰻の香りだけをかがせて鰻なしになんとかしのごう、という作戦は、綱渡りを余儀なくされる情勢だ。


 こうした日米の動きに加えて、9/9(金)~9/10(土)は、フランス・マルセイユでG7(先進七カ国)財務相・中央銀行総裁会議が開かれるが、一気に事態を改善させるような策は出ないだろう。


 このように、内外の政策面から「一発逆転ホームラン」は期待しがたい。したがって、本日のSNBのスイスフラン押し下げ策により、行き過ぎたリスク回避的な態度の巻き戻しが一巡した後は、世界市場が慎重に、それほど良いわけではないがそれほど悪いわけでもない世界の実態を、徐々に見極める長期戦に入ると考えるのである。