米国過剰消費と中国の過剰投資、どちらが問題か ~ 世界的消費力創出が課題 ~

世界二大経済大国米国と中国で、全く対照的な構造問題を抱えていると考えられている。「米国の過剰消費」と「中国の過剰投資」である。両者の中で投資の比重が高い中国経済は健全であり逆の米国は不健全とのパーセプションが一般的に受け入れられている。また「それぞれの過剰が相互補完し、世界の不均衡が高まっている事が問題だ」、という常識的見解もある。そうした常識論はむしろ誤りである可能性が強い。通説とは逆に、米国の「過剰消費体質」はむしろ誤解であり、中国の過剰投資構造は大いに問題である。それは将来の米国経済のプレゼンス復活と中国経済の困難化を示唆していると考えられる。


(1) 米国過剰消費体質説の誤り


米国の過剰消費は一見否定しがたいように見える。民間の消費支出の対GDP比率は、第二次世界大戦後、60%前後であったが2000年代に入り70%を超えてきている。消費比率の上昇は即投資比率の低下であるので、この現象を捉えて米国は、投資をさぼり消費ばかりを行う国という批判が横行している。しかし詳しく見ると、これは適切な評価ではないことが分かる。米国企業のグローバル化により、工場などの設備投資を国内で行うことは少なくなる一方、国内では人材を投入したソフトウェア開発等の知的投資が増加し、それがアップル、グーグル、フェイスブック等新世代の知的産業、企業を生み出している。こうして新たに増加している知的資産に対する支出のほとんどが、会計上および国民所得計算上投資としては認識されない。会計上の投資とは支出額を資産計上(capitalize)し、費用を将来に繰り延べることである。資産計上できる知的支出は外部から購入したソフトウェアパッケージなどに限られ、大半の知的支出は消費として計上される。知的集約が進み、教育・技術開発、ソフトウェアなどへの投資の比重が高まれば高まるほど、経費として認識される支出が増加する。人的投資は帳簿上資産として残らないものの、目に見えない知的資源として、国民経済の大きな財産になっていることの重要性は、非常に大きい。


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一例としてGDP計算の内数を見てみよう。民間設備投資(非住宅)における情報機器とソフトウェア投資の比率を見ると、1980年代初めまで10%台で推移していたが、現在は40%近くにまで上昇し、米国では圧倒的に情報関連の設備投資が多くなっている。また、情報関連の設備投資のうち、ソフトウェアが占める割合は、1960年以前はゼロであったものが、現在は50%程度となっている。このようにGDP計算においてソフトウェアに対する投資が著しく比重を高めているが、ここで捕捉されているソフトウェア投資はソフトウェア支出のごく一部でしかない。大半のソフトウェアに対する支出は将来発生する収入のコストであるにもかかわらず発生時の費用として処理されている。現在のような高度な情報化社会において、知的に蓄積された資産を現在の会計や統計では正しく計測できていないと言える。このように考えると先進国においてハードの投資の割合が低下し、ソフトつまり知的資産への支出の比率が高まれば、統計上消費の比率が上昇するのは当然であると言える。グローバリゼーション、空洞化、ソフト化などで、頭脳を米国に残し、手足を海外にシフトするという大きな構造変化の結果が、財の輸出比率と輸入依存度を大きく高め、消費比率の上昇などを引き起こしている。それは前回レポートした米国発の新BPR革命を引き起こしている原動力である。このように米国の統計に表れている高消費構造は米国の衰退の兆しではなく、むしろ米国が知識集約度を高めている表れとも考えられる。


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(2) 中国過剰投資体質の禍根


他方中国では、世界に類例のない高投資経済が展開されている。先ず過去10年間の経済成長における投資と輸出寄与度は6割と維持不能の高水準にある。また固定資本形成/GDP比率は2011年46%とかつてどこの国にもなかった高水準に達し、投資が消費を上回る状態が2005年以降加速しているがこれも持続可能とは思われない。かつての日本や韓国がそうであったように、投資・輸出主導経済へ資源を動員することによって成長率(=供給力)を一時的に高めることはできる。しかしそれは逆に持続的な需要拡大と国民生活向上への軟着陸を困難にする。


先にふれたように経済計算や会計においては投資とは、費用処理の繰り延べが認められている支出に過ぎない。投資に於いて確かなことは、将来確実に費用が発生することであり、それに果実が伴うかどうかは不確かなこと、故に投資の見込み違いが危機を招く。高投資とは償却負担の増加、資本係数の上昇、(=設備投資効率の悪化)に帰結し、それが期待通りに稼働しキャッシュフローを生まなければ不良債権蓄積の可能性が高まる。たとえば10年足らずで日本の新幹線網の5倍の高速鉄道を敷設するという高投資は、その後の低稼働率、安全への疑義によって不良資産化する懸念が強まっている。


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こうした転換期における望ましい政策は、所得分配を急旋回させ、消費力を飛躍的に向上させることである。労働分配率の引き上げや農村やサービス部門に所得を配分し所得格差を是正しなければならない。つまり生産性の高いセクターから農村部やサービス部門等低生産性セクターへの所得移転が、行われなければならないが、それの主たるチャンネルは農産物とサービス価格のインフレ(生産性上昇率格差インフレ)である。日本で生産性上昇率格差インフレが起こり所得格差の是正と内需の急拡大が始まった(ルイスの転換点)のは1960年である。1960年以降農村の余剰労働力が枯渇し、労働需給がタイト化し(有効求人倍率が1を越え)、賃金上昇率が2ケタへと高まり、以降5%を超える消費者物価上昇率が定着し、労働分配率が大きく高まり、所得格差が急速に是正され、内需の急速な拡大、消費主導の経済成長が実現した。


それに対して今の中国では、そうした変化が未だ起きない。上昇しかかった消費者物価は再び2%台まで下落、所得分配の是正、所得格差縮小は全く進展せず、消費力の創造がなされていない、つまりルイスの転換点を経過できていない。それなのに中国政府は2011年以降の急激な経済成長の鈍化に対応して、更に投資増加によって成長率をかさ上げしようとしている。凍結されていた高速鉄道建設の再開、過剰設備渦中の製鉄所着工、不動産融資の緩和などであるが、それは過剰投資の上に過剰投資を重ねる愚を犯す可能性が強い。中国の今後の調整困難さが懸念される。


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(3) 余剰労働と資本の活用による需要創造は米国から


以上より米国の「過剰消費体質」は誤解であり、中国の現在の過剰投資構造は大いに問題であることがわかる。この過剰投資=過少消費は中国のみならず、現下の世界経済共通の問題である。先進国は共通の「失業の高止まり、空前の金利の低下」という困難に直面している。つまり空前の人余り・金余り、という病気にかかっている。その根本原因はグローバリゼーションとインターネット・クラウド革命による生産性の上昇にある、と考えられる。より僅少の資本と労働でビジネスが成り立つようになり、特に先進国で労働力と資本の余剰が顕著になっているのである。ITインターネット技術革新により設備コストは劇的に低下している。また中国など新興国の農村部における余剰労働力が賃金水準を抑制し、企業に過剰利潤を与えて、資本余剰をもたらしている。こられは本質的にポジティブなことであり、余剰資本と労働力を結合させればより高い成長と生活水準の向上が可能になるはずである。問題は古い殻(制度規制・慣行、分配のあり方、思想)により余った資本と労働が分断されている事にある。いわばTrebled water (荒れ狂う川)の両岸に資本と労働が引き離されている状態である。これに如何に橋を架けるか、が先進国経済共通の課題である。1930年代の大恐慌はその失敗例、株式市場はその帰趨を見つめている。


世界的需要創造の機関車として、希望が持たれるのは米国であろう。ここ1~2で米国が需要創造の機関車として登場する条件整いつつある。①適切、創造的な金融政策、②fiscal cliffの回避(出来ると思われる)、③新たな産業革命進行、④生産性上昇率格差インフレが続いている(つまり所得再配分機能が生きている)、などの優れた条件を持っている。今進展している住宅市場の底入れがその画期となるだろう。


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